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「しまった!一時停止を無視して違反切符を切られてしまった!!」
車を運転する人なら多くが経験していることかもしれないよね。
もちろん無事故無違反の優良ドライバーの方であっても、その場面をイメージすることはできると思う。
運転時には細心の注意を払ってさ、道交法をしっかり守れば危険運転よりは安全運転に近いよね。
でも道交法だけじゃなくてあらゆる法律やルール、規則ってのは何でできたんだろう。
・目的を見据える
おおよそ全てと言っても過言ではなく、あらゆるルールはなにかしらの目的があってそこに存在している。
さっき話をした道交法で言うならば、そこで一時停止をしたりスピードを抑えるように指示されているのは、まず間違いなくその場所でルールに従わないと危ない、と言えるんじゃないかな。

この標識や指示を確認……もっともマークや線の意味することは想像がつかないものも多いから丸暗記にはなるよね。
けどさ道交法を守る目的はなんですか?と問われたら、それは安全な運転で事故をなるべく起こさないことが目的ですと答えるんじゃない?
たとえば一時停止では完全にブレーキを踏んで、まぁ1-2秒でも0kmになっていれば違反を取られることはないんじゃないかなとも思う。
じゃあ0kmにして停止したら道交法上はOKだから、発進は周囲ノールックのフルスロットルで突っ込んで良い?……なわけないよね。
飛び出す人が多いだとか、何か危険があるからその場所は一時停止しないといけないことになっているって考えたらいいのかもね。
安全のために必要だから、そう指示されている。
だから「何秒間停止したから違反ではない」という発想は指示本来の目的とはズレている、ってわかるよね。
・合格のために
受験勉強や資格試験の勉強はとくにその勉強方法に個人差が出るとは言われている。
たしかに試験範囲が狭いものであれば、丸々全部暗記してしまえば合格には近くなるってのも理解できる。

でもしっかりと物の理屈や成り立ち、原則や目的を見据えて勉強した力には遠く及ばないんだよね。
丸暗記でなんとかなる程度のレベルでは無双状態でも、それ以降のレベルでは通用しない……なーんて、よくある話。
もっとも世の大半の人は丸暗記で通用するステージで一生を過ごせるんで、効率的なのは丸暗記って方法なのも否定はできないよね。
勉強ってのは本来は知的好奇心を満たす、本当に楽しいもの。
だけど丸暗記を勉強だと思い込んでしまえば、暗記が好きじゃあない人にとっては単なる苦痛に過ぎないわけでさ。
これはもったいないよね。
この世に存在するすべてのものは何かしらの関連性がある。
そして、ものとものとをつなぐ細い糸を辿れば、必ず目的のところにも繋がっている。
それをぶった切って無関係のものとして扱うのが「丸暗記」と言えばわかりやすいかな。
・ピンとくる
別に丸暗記を否定しているわけじゃないよ。
でも大抵のことって関連性や関係性、共通点なんかがあったりもする。

勉強の話で例えてみるとさ。
じゃあ接頭語や接尾語ってのは聞いたことあるかな。
単語の前や後ろにくっついてる共通の何か、これがついているものは同じグループだよ!的なやつ。
ラクターゼ、カタラーゼ、シャトレーゼ、リガーゼ、βラクタマーゼ、コリンエステラーゼ……。
みんなお尻に~aseってついている。
だからみんな酵素ってことだよね。
と思ったらシャトレーゼは~iseだから違うみたい。
時にはそういうこともあるかっ。
こんな風に単語を見ても関連性や共通点はいくらでもある。
語源なんてのもそのひとつ。
albino(アルビノ)、albumin(アルブミン)、album(アルバム)、albatross(アルバトロス)……。
これはぜんぶalbって共通点があるわけで、じゃあalbって何だろって気に掛けるとラテン語のalbus(白)にたどり着くって算段。
全て白い色に関連してるって考えたら、なんだか楽しいじゃん。
少なくとも居酒屋でツマミが出てくるまでの時間潰しには使えるよね。
法律だって規則だってなんだってそう。
その目的や関連性、原理や原則から見る癖をつければ、それぞれの運用や適用を丸暗記しなくても便利に付き合うことくらいはできるよ。
まぁ少なくともルール違反で罰せられるかどうかのラインに迷うことは減るんじゃない?
・知らなくても良い
はっきり言って、物事を大して知らなくても何の恥でもないよ。
もちろんクイズ王を目指すとかならば話は別。

でもみんなはなんのために勉強をするんだろう。
クイズ王を目指していろんな知識を丸々と詰め込みたいならばそれはそれで立派なことだけれど、みんながみんなクイズをやりたいわけじゃないでしょ。
知らないことはなんの恥でもない。
でも知らないことを開き直るのは恥ずかしいこと。
逆に知り過ぎる必要もない。
知らないことが多ければ、あらゆる人に教わることができるって考えることもできる。
自分が知っていることを誰かに教えるのを嬉しいと感じる人は多いからね。
つまり他人と仲良くなれるチャンスが他の人よりも多いわけ。
長期的な視点に立ってみればさ。
社会で他人と繋がって人生をよりよくしたい。
そのためには知識で優位に立とうなどとせず、謙虚に教わる立場を心掛けることがカギとなってくるんじゃないかな。
相手がいかに若輩であろうとも、社会的な立場は下であろうとも、絶対に自分の知らないことを知っているし、自分が経験していないことを経験している。
そんな経験や知識を区別なく教えてもらう姿勢を心掛けられたらいいよね。

逆の立場で想像してみよう。
先輩や上司、目上の人からさ、自分の得意分野について教えてほしいってお願いされたらどんな気持ちになる?
少し面倒かもしれないけれど、おそらく悪い気はしないんじゃないかな。
そしてそんな謙虚な姿勢に、敬意を抱くことすらあるかもしれない。
知識があることはとてもいいこと。
でもそれを上手に出したり引っ込めたりできるようになってこそ、知識という道具を「使いこなした」と言えるのかもしれないよね。
物事の目的や関連性を考えることを習慣にしてみよう。教わり上手は聞き上手。
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